「私」とは何か?

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「人は自由意志をもっていて、理性を用いて合理的な判断をしながら生きている」という近代的な考え方は、最近の脳の研究によって覆されているようです。

たとえば、「あなたの知らない脳-意識は傍観者である」ディヴィド・イーグルマン(著)で著者は、「顕在意識は太平洋を旅する巨大な豪華客船の船長ではなく、むしろ密航者と呼ぶにふさわしい」と述べています。

つまり顕在意識は、身体を含む巨大な潜在意識の活動を後から追認する傍観者でしかない、というのです。たとえば実験により、身体を動かそうと決める何秒も前に、すでに筋肉の運動が準備されていることがわかっています。私たちが自分の意思で行動を決めているのではなく、その行動は私の中の誰かが勝手に決めて、私たちはその決定を顕在意識である「私」が決めたものだと勘違いしているというのです。


では、私たちの行動を決めているのは誰なのでしょう? それもまた「私」であるに違いありませんが、現代では「私」の範囲を少し拡張して考える必要があるようです。


人口知能(AI)の父と呼ばれるマーヴィン・ミンスキーは著書「心の社会」の中で、人間の心は、たくさんのエージェントからなるひとつの社会である、と述べています。

私たちの心には、さまざまな役割をもったたくさんの存在がいて、何をするかは彼らが民主的な(?)プロセスで決めている、というのです。

私たちが何かを決めるのに迷ったりするとき、私たちの心のなかでは、複数のエージェントたちが議論を戦わせているのかもしれませんね。


私がここで何となく思うのは、その心のなかのエージェントたちが、みんな穏やかで理性的であるといいな、ということです。しかし、ちょっと考えてもわかるように、おそらくその存在たちのなかには、ものすごく怒っていたり、悲観的になっていたり、罪悪感をもったものもいるのではないでしょうか。

なぜなら、心のなかのすべての存在が穏やかで理性的であったなら、顕在意識である私たちも穏やかで理性的な人生を送っているに違いないからです。現実生活のなかで、ものごとがうまく行かなくて、怒ったり、悲観したり、罪悪感をもつようなことを繰り返しているならば、私たちの心のなかにネガティブな感情をもった存在がたくさんいて、その結果、望まない出来事が起こっているのではないか、とも考えられます。

ネガティブな感情をもったエージェントが過半数を超えるのであれば、私たちの心は豪華客船どころか、さまよえる幽霊船になっているかもしれません。

心の傍観者でしかない私たちは、どうしたらいいでしょう?


おそらく私たちにできることは、その不良エージェントたちの言い分を聞いてあげて、少しずつ彼らのネガティブを減らしていくことです。ポジティブになった彼らは、いっしょに船内の掃除を手伝ってくれるでしょう。

私が自分の心の船長になるには、自分が意識できない心のなかの存在をいやさなければなりません。何だかリーダーシップの話に似ていますね。

アニカでは、心のなかの存在はルーツ(先祖・過去世)にあたります。彼らをいやすことで、私たちの人生は正常化していくのです。


アニカの本質は「共感」だと考えています。共感とは「わかってあげること」。きっと私のなかには、自分の苦しみをわかってほしい存在がたくさんいるのでしょう。インナーチャイルドはその筆頭かもしれません。

自分自身に共感し、わかってあげること。それが私自身の幸せにつながっていくと、私は確信しています。