考えているから感じられない

週末はマスターコースでした。

アニカでは、今生の自分に大きな影響のあるルーツ(先祖・過去世)の怒りや罪悪感などネガティブな感情記憶を感じることにより処理していきます。

しかし、中にはネガティブな過去世や先祖が現れたまま、数か月または一年以上も居座られることがあります。

なぜそんなに処理が長引くのか、週末のコースで気づいたことを書いてみます。


ネガティブをもったルーツがなぜ長期にわたって居座るのか、それは要するに「考えているから感じられていない」のです。

ルーツのネガティブをちゃんと感じている、と思っていたのが、実はちゃんと感じられていない。そのわけは「考える」ことによって、自分が感じたものを否定しているからなのです。

どういうことでしょうか?


たとえば、私たちは普段から

「~しなくてはいけない」
「~してはいけない」

ということを常に考えています。

これらは、社会を生きていく上である程度は必要なことです。

ただし、「~」の部分の内容は、人によって大きく異なります。


たとえば、アシスタントの谷津は、アニカを始めたころ、

「午前中に掃除機をかける」
「食事をしたら、すぐにテーブルを片付けて食器を洗う」
「午前中に買い物に出かける」
・・・

というような、生活上の独自ルールを決めてしっかり守っていました。


その結果、何が起こったかというと、

・自分の気持ちや体調におかまいなく、決められたルールを守らなければならないので疲れ果てる
・子どもが決められたルールに従わないと怒りまくる(自分が我慢してルールに従っているのに、他人が勝手に行動しているのは許せない)


アニカの処理が進むうちに、彼女はどんどん「いいかげん」になっていきました。なぜなら彼女は、自分の気持ちや体調などを感じて、その感覚を基準に「良い加減」で行動できるようになったからです。

自分の身体のつらさや苦しい気持ちなどを感じて、そのときやりたくないことをやらない、という判断ができるようになっていったのです。それが自分を尊重すること、自分を守ることにつながるのは明白です。


その結果、起こったことは

・夕方になってもまだ掃除機をかけていない
・昼ごはんの跡片付けが夕方になってもできていない
・炊飯器のスイッチを入れ忘れたり、約束を忘れたり、寝坊したり、というミスが頻発した


これでいいのでしょうか?

そう、これでいいのです!

なぜなら、彼女は自分が「いいかげん」であることを許すことによって、精神的にも身体的にもとても楽に生活できるようになりました。また自分に我慢を強いることがなくなり、子どもに怒ることも激減しました。


冒頭にお話しした「ネガティブなルーツが居座る」のは、こうした

・~しなければならない
・~してはいけない

という思考をやめることができていないので、自分が感じたものがそうしたルールに反しているときに無意識のうちに無視したり否定したりしているのです。これではとても「感じている」とは言えません。


「感じる」とは、自分が感じたものを価値判断することなく、そのまま認めて尊重することです(やりたくないことをやらない、やりたいことをやる、というように行動に移せば、それが「感じたことを認めた」実質的な証拠になります)。

「誰もがこれを守って当然」と自分勝手に信じている独自ルールに照らし合わせて、感じたことを無視・否定していたのでは、いつまでたってもネガティブは減りません。だからネガティブをもったルーツに居座られるのです。


「あなたは自分の感じたことを基準に生きていますか?」

「自分が感じたことより、社会が自分に要求する(と信じている)こと(それもまたルーツ由来の妄想なのですが)に応えることを優先していませんか?」

ということがここで問われているわけです。


したがって、早くネガティブを処理したい人は、

「社会で「こうすべき」とされていることではなく、自分が感じたことを基準に行動する」

ことをしていけばいいだけです。


いくら「感じたふり」をしてもネガティブは消えません。心の世界では、ごまかしは効かないのです。

わかりましたか?^ ^