我慢や忍耐は、日本ではどちらかというと美徳のひとつに数えられます。自分のやりたいことを我慢して、会社や家族のために自分の身を捧げる。我慢強く、辛抱強く、忍耐をもって事にあたる。そうした行動が日本人は大好きです。
それはそれで、人生における大きな成功をもたらすことが多いでしょうし、そういう人は社会のリーダーとして立派な役割を果たすでしょう。
しかし、その人が我慢したストレスはどこに行ってしまうのでしょう? 無視されたストレスは潜在意識に潜り込み、消えることなくずっとそこに留まり続けます。そして、縁のある他者の潜在意識に良からぬ影響を及ぼし続けます。
家族の中で、お父さんが辛抱強く仕事をしてお金を稼ぎまくっているとき、突然奥さんが原因不明の体調不良に襲われたり、子どもがグレたりすることがあります。何の不思議もありません。お父さんが仕事をしているときに無視していたストレスが潜在意識に潜り込み、家族に悪影響を与えているのです。
こんなに家族のためにがんばって仕事をしているのに、それが家族に悪影響をもたらすとはいったいどういうことでしょう? お父さんはもう少し、自分のことを大切にするべきで、そうすることが家族の幸せになる、というメッセージが送られているのです。しかし、お金を稼ぐことが自分や家族の幸せになる、という信念に疑問をもたない限り、お父さんは引き続き我慢して働き続けるでしょう。
女性の我慢する能力は、男性のそれをはるかに超えています。私の母親の世代が生きた時代においては、家のなかで家長(舅)の権力は絶対であり、姑の権力も絶対でした。嫁である母親は、男性だったらとても耐えられないぐらいの我慢を長期間にわたって強いられたことでしょう。
その我慢のストレスは、潜在意識を媒介にして、一番弱い立場にある子ども、あるいは夫に流れたはずです。母のストレスの影響を、子どもである私はいまだにはっきりと自分のなかに感じることがあります。
家族のなかで誰かがストレスを抱え込んでいるとき、そのストレスは家族全体に悪影響を与えます。家族に不調があるとき、それは家族のなかの別の誰かが我慢していることを意味します。少々の我慢は役に立つかもしれませんが、慢性化した我慢は次第に家族の心をむしばんでいきます。
そろそろ我慢することをやめて、本音を言って、やりたくないことをやめてはどうでしょう。
我慢をやめることは、自分と家族全員の心を安らかにするのですから。