不安神経症をいやすには?

不安神経症をいやすには?

アニカで、かなりひどかった不安神経症がほぼなくなった、という事例があります。

今日は、不安神経症について考えてみたいと思います。

不安神経症とは?

不安神経症とは、根拠のない不安、心配が心から離れない病気とされています。

不安神経症の原因は、完全には解明されておらず、環境、遺伝、脳の機能などが複雑にからみあって発症する、と考えられています。

結局、日常生活の中で漠然とした不安が付きまとう不安神経症という病気の原因は突き止められていない、と言えるでしょう。

不安神経症を治すには?

不安神経症の治療には、薬物療法と精神療法を組み合わせることが主で、ヨガや運動などリラックス法が取り入れられることもあるそうです。

薬物療法では、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬などを使用します。

また精神療法としては、認知行動療法が主なようです。

なお、認知行動療法は、薬物療法に比べて再発しにくい、という調査結果が出ているそうですが、薬物療法が症状を抑える対症療法であり、根本治療にはならない、ということでしょう。

アニカにいらした方で、認知行動療法を受けた方も何人かいらっしゃるのですが、あまり効果が感じられなかったという方ばかりでした。

認知行動療法とは?

認知行動療法について調べてみましたが、おおまかに以下のような療法のようです。

認知行動療法の対象は、うつ病、パニック症、強迫症、社交不安症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、不眠症、摂食障害、アルコール依存、薬物依存、慢性疼痛など。

認知療法と行動療法に分けられる。

認知療法は、心の問題の原因は認知のゆがみ、思考パターンの癖を患者さんに自覚させることにより、そのゆがみや癖を取り除き、合理的でバランスのよいものにすることで心の問題を解決する。

行動療法は、患者さんの行動に働きかけて治療を行う。たとえば、不安に感じている対象に身をさらして慣れるようにする暴露療法、「やる気が起こらないから行動しない」を「行動しないからやる気が出ない」ととらえ行動を行うことで「やる気」を高める行動活性化療法などがあります。

理性と感情の戦い

ここまで見てきて思うのは、認知行動療法とはまるで理性と感情の戦いのようです。

患者さんの心に漠然とわき上がってくる根拠のない不安や心配に対して、そのような不安や心配は意味のないものであることを自覚させ、思考で感情を抑え込むようなものでしょう。
暴露療法にしても、不安に感じている対象に身をさらして我慢させ、我慢ができたら患者さんをほめる、我慢できたらさらに強い刺激に身をさらして慣れさせる、ということをしているそうです。

認知行動療法が盛んに行われているイギリスでは、認知行動療法でうつ病が回復する割合はおよそ50%だそうです。

つまり、患者さんの心にわき上がってくる感情を理性でコントロールできる場合は回復するが、その感情が理性でコントロールできないほど大きい場合は回復できない、ということでしょう。いくら理性で感情をコントロールしようとしても、そう簡単にはコントロールできないことは、私たち誰もが経験していることではないかと思います。

最近、VRのアトラクションで、床の上に細い板を設置し、ヘッドセットで高層ビルをまたぐ一本橋のようなVR映像を見せて渡らせる、というものがあります。これこそ、理性(これはVR体験だと知っている)と感情(リアリティによる恐怖)の戦いです。もし理性が感情に勝つならば、たとえ高いところに身をおくリアリティをいくら体験させられても、「そこは床の上だ」とわかっているので、スイスイ渡っていけるでしょう。しかし、誰もが高所のリアリティに負けて、なかなか渡ることができません。これが感情を理性で克服することの難しさをよく表していると思います。

もうひとつ付け加えると、認知行動療法は欧米で作られたものなので、理性や言葉に対する信頼が東洋とはまったく違います。たとえば、西洋哲学では言葉で説明(理解)できることがすべてですが、東洋哲学では言葉(頭)での理解だけではなく、必ず身体的な理解(腑に落ちているかどうか)が問われます。

理性や言葉への信頼が強い欧米人には効果があるかもしれませんが、もともと潜在意識のような、理性ではコントロールのできない何かが自分の心のなかにある(それは必ずしも悪いものとは限りません)、という感覚がある東洋人には、瞑想のような言葉を使わない方法が向いているのではないか、と思われます(もちろん一人で向き合うのは難しいので、クライアントのネガティブをすべて受け止められるような指導者が必要だと思われます)。

アニカではどう考えるか?

アニカと認知行動療法の大きな違いは、クライアントの心にある「根拠のない不安」などの一見不合理な感情を「認知のゆがみ」や「思考パターンのクセ」などとみなさないことです。

アニカでは、それらの一見不合理な感情を、クライアントに縁のある誰か他者の経験から生じた感情と考えます。ここで「縁ある他者」とはルーツ(先祖・過去世)を指しますが、最も可能性の高い「感情の持ち主」は、同性の親または祖父母です。つまり、男性だったら父、祖父、女性だったら母、祖母になります。

もし「認知のゆがみ」や「思考パターンのクセ」が今生の自分のものだったら、どのような経験からそのような「ゆがみ」や「クセ」ができたのか、覚えているはずです。その記憶がないとしたら、不合理な思考や感情は、誰か他者のもののコピーである可能性があります。

西欧で生まれた近代科学は、目に見え、手で触れることができる物質の世界と、目に見えない、手で触れることができない心の世界を分けて、物質の世界だけを対象にしました。

たとえば、国立がん研究センターがまとめた科学的根拠にもとづく「日本におけるガンの原因」の調査結果を見てみると、喫煙、感染、飲酒、塩分摂取、過体重・肥満など物質的な原因しか挙げられておらず、ガンになった人の心の状態についてはまったく考慮されていません。

参考:科学を超える「感じる」力

人間の頭部には脳という器官があり、思考や感情はその脳の機能である、とみなす科学では、物理的な伝達手段(たとえば話すとかメールを書くとか)を超えた心と心の直接のコミュニケーションは認めていません。

しかし、アニカを続けていくと、人間の「感じる」能力は、物理的な限界を超えて、人の心の間に強力なコミュニケーションを確立していることが確信されてきます。

むしろ「心」とは、家族のような強い縁をもつ人たちが共有するある種の「場」のように思えてきます。竹は地表より上では一本一本個別に数えられますが、地中の根はつながっていて、竹藪そのものがひとつの生命体を形作っているような感じです。

子どもは親の姿を見て育つ、と言いますが、子どもが親と生活するうちに、よくも悪くも親の「認知のゆがみ」や「思考パターンのクセ」を学習してしまうのでしょう。

クライアントが自覚していない(つまり潜在意識下にある)親からコピーした感情をアニカで感じていくと、不安や心配の原因になっている感情が感じられ、消えていきます。

結果として、クライアントの不安や心配はなくなってしまいます。

先祖や過去世の影響を信じなくてもよい

西欧の近代科学をベースにした教育を受けている私たちにとって、親や祖父母など、今生、実際に会ったことがある人の影響がある、というならば、まだ信じられるでしょう。

しかし、アニカでは、実際に会ったことない先祖、あるいは過去世のような転生という現象を前提とした存在からの感情的影響があるとみなしています。

これは非科学的ではないでしょうか?

その通り、非科学的です。なぜならば、科学は物質の世界しか相手にしないからです。アニカが対象とする感情や思考は、モノではありません。それを脳という物質の機能に還元する立場をアニカは取っていません。

ですから、アニカは誰にでも効果があるわけではありません。物質の世界では、同じ肉体構造をもつ人間にだったら、誰にでも効果がある、たとえば薬のようなものが存在します。しかし、アニカで扱っている心の世界では、そうした「誰にでも効く」ような汎用性は保証されません(それが「効果には個人差がある」という意味です)。なぜなら、人間の肉体構造はほとんど同じかもしれませんが、ひとりひとりの心の中身は驚くほど違っているからです。

おもしろいのは、人間の感情や思考は物理的に測定できない(AさんとBさんの苦しみの度合いを測定できるでしょうか? たとえ測定できたとして、それを比較できるでしょうか?)のに、私たちは誰もが「共感」という能力を通じて、他者の苦しみをわが事のように感じることができる、ということです。

そうやって感じてみると、目に見えない、手で触れることのできない心の世界には、もはや時間とか空間とか、生や死さえ同時に存在していることがわかるのです。

しかも、それは特殊な能力をもっている人たちだけではなく、「感じる」という誰もがもっている能力を使えば、ちょっとトレーニングをするだけで、誰もが感じられるものなのです。

ですので「先祖や過去世の影響」という非科学的な現象が信じられなくてもかまいません。その現象は、たとえ信じられなくても、感じてみれば、そのような現象が実際に存在するとわかることだからです。

一人でも多くの人がアニカを使って、精神疾患から解放されることを心から願っています。