むじなの死

ミヒャエル・エンデの「満月の夜の伝説」という絵本をご覧になったことがありますか?

この絵本のストーリーはなかなかおもしろく、スピ系にありがちな「聖なる存在」に関する苦い教訓が込められています。

以下、申し訳ありませんが、ネタバレありなのでご注意ください。

 

「現生において、恋愛とお金のトラウマの二重パンチをくらった若者が、世を捨てて山中に入り、隠者となりました。隠者は山に入る前に形而上学(メタフィジックス)をたっぷり勉強したので、その手の知識だけはたくさんありました。山に入ってからも地上を越えた天上の知識にひたって楽しんでいました。そんな隠者に「神」を称する存在から「いつかおまえに会いにいく」というメッセージが届いたのです。

一方で、その山に出入りしていた孤独な盗賊が、ひょんなことから隠者に出会い、親交をむすぶようになりました。隠者は盗賊に形而上学の教えを語り、盗賊はそんなことにはまったく興味がなかったのですが、隠者の周囲にたくさんの野生の動物たちが集うのを見て、何となくいい感じがして弟子(というより友人)になったのです。

あるとき、隠者のもとに天使が訪れました。天使は満月の夜に「神」が隠者に会いに来ると予告しました。隠者は盗賊がいては神が現れないのではないかと恐れ、盗賊にその夜は自分のところに来ないように言いました。

盗賊は最初は隠者の指示に従っていたのですが、「神」が何度か訪れるうちに隠者の周囲から動物がいなくなってしまったことに気づき、疑念をいだきます。

隠者が神に会う日にこっそり様子を見に来た盗賊は、「神」を目撃しますが、自分のようなものに「神」が見えるわけはないと思った盗賊は、弓に矢をつがえ、神めがけ矢を放ちました。

隠者は「何てことをするのだ!」と怒りますが、盗賊にうながされて「神」のいたところに行ってみると、そこには一匹のむじなが死んでいました。

結局、「神」のふりをしていたのは、動物にとりついて詐欺を働く低級霊だったのです。

盗賊に目を開かせてもらった隠者は、盗賊にあやまり、盗賊に教えを乞うことにしました。」

 

残念ながら、こういう話はスピ系の世界では、いまだによくある話です。

特殊な力にあこがれをもったり、自分を特別な存在として受け入れられたく思ったりすると、こうした詐欺にひっかかる可能性があるでしょう。

さすがにエンデはよく描いていますが、隠者が世間を捨てた(というより世間から逃げた)原因は、世間において女性とお金で絶望した経験なのです。

今生でのネガティブな経験に向き合うことから逃げて、ありがたい絶対の神や特殊な能力を求めることは何の解決にもならない、ということをエンデは描いています。

 

アニカは、ルーツ(先祖や過去世)の浄化をとなえていますが、それは今生でのネガティブな経験に向き合うことから始まります。今生でのネガティブな経験は、必ず先祖や過去世のネガティブな経験につながっているからであり、それは単なる「災難」などではなく、今生の人生をよりよく変えていくためのきっかけなのです。

ルーツの経験から生じたネガティブな感情は、私たちの潜在意識の奥深くに潜んでいます。そうした「感じたくもない」感情を掘り起こして感じるのは、実はとてもつらく苦しい作業です。

この世界での経験を変えるには、外側の世界でしきりに宣伝されている「ありがたい真理」を崇めることではなく、自分自身の内側に隠された「都合の悪い真実」に向き合う必要がある、ということです。