「感じている」と「巻かれている」

今日は「感じている」と「巻かれている」の違いについて説明します。

アニカ界では、「感じている」と「巻かれている」は反対語です。

 

「巻かれている」からいきましょう。「巻かれている」というのは、ルーツの感情に巻き込まれていること。まるで憑依されているように、ルーツの感情を自分のものと勘違いし、感情のまま衝動的に行動してしまいます。

これ、狐憑きみたいな特殊な現象だと思われるかもしれませんが、人間にとって「巻かれている」ことは日常茶飯事であり、誰にとってもごくごく当たり前に経験されている現象です。ただ、そのことに気づく人はほとんどいないため、誰もがこれは自分の感情だと当たり前のように思っているのです。

たとえば、自分の心のなかにとてつもなく大きな怒りがあるとして、その怒りの理由が今生の経験に見当たらないとき(私自身がそうでした)、その怒りの感情は誰か他人のもの(一番可能性が高いのは同性の親、祖父母)である可能性が高いです。

 

自分の感情と思っていたものが他人の感情であると、どうしてそんなに確信をもって言えるかというと、アニカでは、

  1. 現実で経験している不都合の原因となっている感情を見つける
  2. その感情の持ち主を見つける
  3. その感情をアニカで感じて処理する(消去する)

これにより、現実で経験している不都合が消えてしまう、ということがたびたび起こるからです。

 

縁ある他人(ルーツ=先祖と過去世)の感情に巻かれていると、特定の状況になると強い感情的反応が出て、衝動的に行動してしまい、自他にいろいろと被害がでます。これを防ぐためには、まずは自分が巻かれていることに気づく必要があります。

自分が巻かれていることに気づいている状態、それが「感じている」状態です。ルーツの感情と一体化するのではなく、その感情を少し距離を置いてながめている状態です。

伝統的な観察の瞑想は、心に湧き上がってくる感情を眺めて(客観的に距離を置いて感じ)ほっておくことで、自分または他者の感情との一体化を防ぐ技術ではないでしょうか。

 

とはいえ、心の中に湧き上がってくる感情に呑まれずに、客観的に感じることはなかなか難しいので、アニカでは他者の観点から自分の心を眺めるテクニックを使って、自分の心を感じていきます。

感じることを妨げるのは、言葉による思考ですが、その話はまた今度にしますね。