自分で自分の価値を決める

アニカ・マスターコースに参加したmさんの体験談です。

「本や講座で難しい理論、やり方、が合わないなぁ、と感じている方にはうってつけのコースです。 なんたって言葉や理論は必要ないからです ただ感じる。そして自分自身と繋がること。 それが全ての人間が持っている素晴らしい才能を開花させていくんです。

自分にとって、親、という何か掴みきれない要素が与える影響を振り切ることが、長年の課題でありました。 いまの場所にいて自由で楽しいんだけど、もやもやがあり、気持ちが落ち込んだり、お金がなかったり、引きこもったり… でも、色々ヒーリングに行っても改善されずに、だいたい言われることは 「もっと自由にしてください」「楽しんでください」「わくわくすることをしてください」 自分では、自由にやっているつもりなのに辛くなっていく、そして反面もっと自由にしろと言われる。今以上の自由がわからない。。

もう、何かにすがって直してもらおうというのも何か嫌でしばらく放置してたのだけど、ある日ふと、こういうヒーリング受けるのに最後にしようと思い立って、アニカを受けにいきました。 アニカヒーリングを受けた時には、ぶっちゃけあまり変わらないなぁと思いました(笑。 ただ、やってもらっているときに、いつもかぶっている「笑顔」という仮面がとれて、苦しみを表情に出せたな、と思いました。 鼻がとおってすっとしたり。で、終わって、こーいちろーさんと話している時に、 「アニカマスターコースに来ないですかー? 」と誘われました。 他の人の感想なども読んでいたし、ずっとマスターコースに通っている方々が変わっていく感じも見ていて、面白そうだなぁ、と思っていたので、コースへの参加を決めました。

参加前は色々講義とかあるのかと思っていたら、実践だけだったので拍子抜けしたっw (注:初期のコースはテキストもなく、講義もあまりせずに、ただ実践することからアニカ体験を築いていきました)

それも余り解説がなさすぎて戸惑った。。。。のちのち結果が出てきて、それが非言語ツールであるという事がわかるようになったら納得したけど、最初はこんなんでいいの~?っていう感じ。 それと、みんな自分のことをがんがん話しているのにもけっこう引いた(笑)。いや、話せないし!って思ってました。。。

自分は瞑想して手を当てているだけなのに、された人に何かが起こるいくという構図は「ナンデダロ?」と、全くわからなかった。。 各ポジションからつぎのポジションに移る時に、どうやったらいいのか、どんな変化があるのかというのは全く教えてもらうことが無く、そのために、全神経をそこに集中することになる。 それは誰の定めた基準に沿うことではなく、ひたすらに自分の感覚に忠実になること、それが大事。

でも、やってはみたものの、最初はいろんな人の感想に右往左往。

「他の人みたいに言葉が降りてこない」
「手も含め、身体とかが温かくならない」
「変わりすぎているビジョンが見える」
「インナーチャイルドという存在がわからない」

とかいろんな違いばかりが目に付き、正しい答えを見つけようとしてましたが、ある参加者が「自分で感じたことは、誰がなんといおうが全部自分の内部で起こっていることだから真実なんだよ」と言ったのを聞いて、そうなのかーと納得。

それ以降、遠隔で感じる、身体がばらばらになったり、溶けて戻っていくとか、そういう感覚も含め信じることにしたのです。 信じてみたら、楽しくなってきました。

初めは何も感じなかった、手に伝わる波動?のようなものや、その人の感情や痛みを 感じられるようになってきました。

それを言葉に出すのも、怖くなくなって来ました。

そこで、気づいたのは、全く自分の感覚を信じてこなかった、という驚愕の事実でした。 驚愕というのは、自分が感覚を売りにしている仕事だったからなのです。 (注:mさんはデザインの仕事をしていました)

仕事ですら自分の感覚よりも他人の感覚を大切にしていたのです。 だから、フリーで仕事をしていても息苦しかった。 自分自身の感覚に全信頼を置けなかった。 自分のカラーで仕事出来る人は、人気のある人、だと思っていた。 自分は暗くて重い質感だから、人には認められないし、自分の色で仕事が出来ないんだと思っていました。 自分のwebで作品を出してはいたけれど、そこにはいつも

「どうせ暗いし認められないんだろ」という失望感が漂っていた気がします。

ずっと「うち捨てられたもの」に親近感を持っていました。

誰かの価値基準で生きていて自分を生きていなかった、と思うのです。 何しろ自分を大切にできなかった。

最初に瞑想の本を読んで 「まずじぶんの幸せを祈って下さい」って書かれていたことに驚きました。

え?そうなの?そういうことなの? 目が点でした。

ボランティアに行っては体調を崩す私に、友達は早く止めなよ~と言ってくれていたのですが、頼られると嫌でも行ってしまう自分がいました。 他人の心配よりまず自分から。

自分が幸せにならなければ、奉仕する余裕など産まれない。 それに気づいて、まずボランティアを断りました。。。 罪悪感による自己犠牲、自分は幸せになってはいけない。 誰かのためにがんばらないと自分を認めてもらえない、愛されない。 自己否定、自己不信。 それがすっと自分の中にありました。

マスターコースも終わりかけた頃、自分の奥底…深い海の底に「無価値」っていう感情がひっそりと沈んでいるのを感じました。 あまりにもひっそりとして、自分と同一化していたので、気づかなかったんです。 「こんなのがあっては、なかなか自分を愛せないわけだな~」 そのひんやりした感覚をもういちど味わって手放しました。

そのあと、急に母親との関係を思い出して来ました。 ずっと父親と関係が悪かったのですが、それは母親の父親に対する気持ちの刷り込みだったのです。 母親は父親と離婚したかった。でもお金が問題で離婚しなかった。 母親は味方が欲しかったんでしょう。 実はある時まで父親っ子だった気がしています。 結婚観も男性観もお金に対しての考え方も母親ゆずりなのですね~ 当然体型や体質もです。

わらっちゃうくらいの人生での大発見!でしたー! これで解放される事が山ほどあるな、と思います。

マスターコースが終わったあとに、もうひとつ 「自分で自分の価値を決める」 ということの大事さに気づきました。

それは自分がずっと誰かに自分の価値を決めることを委ねてきたこと。 学校にいる時から植え付けられてきたことだと思います。

それからアニカをするほうもされるほうも気持ちよいのは、アニカの最中は自分自身としっかり繋がれるからなのだと思います。 それを感じたのは、なぜか瞑想していると、エクスタシーを感じちゃうところです(笑) 無になるという人もいますけど、それはいろんな後付の価値観がとれた状態なのだと思います。 そのあとは気持ちいいばかり。

私の場合は自分自身と繋がると、凄く気持ちがいい。 その「気持ちいい感覚」にいていいんだということを自分に許すことができた、 ということが大きい気がします。」


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