今日は、私たちがなぜPurified(浄化)認定を始めたのか、書いてみることにします。
アニカでは常々、自分の価値は自分で決める、といっていますが、第3者が「この人は浄化されました」と認定するのにどういう意味があるのでしょう?
まず、Purified(浄化)認定は意図して始めたことではなく、私のきついネガティブ処理をほぼ毎日やってくれていたアニカ仲間から、もうルーツ(先祖、過去世)のネガティブが感じられなくなった、という報告を受けたことに始まります。
そこで初めて、ルーツのネガティブ処理に終わりがあるのだ、ということに気がつきました。私のネガティブはアニカのメンバーに比べてとてつもなく巨大であるということは常々聞いていたので、私があがれるなら、他のメンバーがあがるのはもっと簡単に違いない、と考え、Purified(浄化)認定を始めました。
私が本格的にルーツのネガティブ処理を始めたのは(というか、やらざるを得なくなったのは)今年の6月末です。そのときは、現在手に入れている処理能力の高いツールであるアニカ2、アニカ3もなく、オリジナルのアニカを使ってひたすら時間をかけて先祖や過去世のネガティブを感じていました。
そしてネガティブがなくなったのが11月の末。つまり5カ月ぐらいで処理は完了したのです。
今のところ、今年からマスターコースを始めた方は最短9カ月で認定を受けています。マスターコースの7カ月中にPurified認定ができれば理想的だと考えていたので、この調子だとうまく行きそうです。
話を戻して、なぜ私たちがPurified認定を作ったか、ですが、ずばり、いやされていないセラピストを作りたくなかったからです。またセラピストになるという目標がなくても、アニカをマスターした、卒業した、ということは、ほぼ完全にいやされた、という状態であることを現実に達成して客観的に認定したかったのです。
世の中、いやされていないセラピストがたくさんいます。なぜこのようなことが起きるのかというと、私にも経験があるのですが、他人のことを何とかしたいという衝動的な思いは、自分のことを何とかしたいという衝動の投影に他なりません。
しかし、これは同時に、自分の見たくない部分は見たくない、という欲求にしたがっているから起きることです。見たくないものを見ないのは自由ですから、別に非難されることでも何でもありません。しかしアニカをやる以上、他者の観点から自分の見たくないところを見ることは避けられません。それを最初によく理解してもらう必要があります。
とにかくアニカでは、自分を潜在意識の底からいやすことを徹底的にやっていきたいのです。人生を本当に変えるには、それしかないと私は考えます。そしてちゃんと実績も出ています。それを達成するには、自分の見たくないところを見ることは避けられないのではないでしょうか。
別にアニカでなくても、本当にうまくいっている人は自分を客観的に見る努力をしています。
私は、過去のネガティブがもうないよ、といわれたときに、とてもうれしかったです。今までの努力が報われた気がしました。なので、自分の見たくないところを見て掃除することを続けてきた人が、「あなたは心の掃除をやり遂げました。おめでとうございます!」と誰かに言ってもらえることは、とても価値のあることだと考えました。
もうひとつ付け加えると、アニカでは「感じる」能力を鍛えていきますので、自分が本当に浄化を完遂したかどうかは、自分自身ではっきりわかると思います。自分のなかにまだ何かわけのわからないネガティブがうごめいていたら、それもはっきりわかると思います。誰が感じても、過去由来のネガティブがほとんど感じられない状態、それがAnica Purified Master認定です。
もちろん、過去のネガティブがなくなったからといって、今現在生きているときに生じるネガティブはあります。しかしそれは、海底でうごめいている巨大なネガティブの海流ではなく、海面近くで生じる小さなさざ波に過ぎません。
今後もアニカに関わる人はAnica Purified Master認定を目指してがんばっていただきたいと思っていますが、それと同時にアニカの世界に入るということは、他者の観点から自分の見たくないものを客観的に見る(それは瞑想の観点でもあります)というつらい作業をしなければならない、ということを承知していただきたいと思います。
そして、そうしたつらい作業ができるのは、その人が自分をちゃんと見ようとする勇気と正直さをもっていて、かつ、いっしょに心を洗いあうアニカの仲間たちがいてくれるからこそなのです。