なぜ私はこんな目にあうのか?

「なぜ私はこんな目にあうのか?」

そう思って生きている方は、少なくないと思います。

その答えは・・・

「自分がしたことを覚えていないから」

覚えていないのは当然です。「忘れ薬」を飲まされているのだから。

ワーグナーの有名な楽劇「ニーベルングの指輪」の最終夜「神々の黄昏」は、「忘れ薬」を飲まされ、過去の自分を忘れてしまったがゆえに、愛した女性に死のきっかけを作られる悲しい男の物語です。

自分が覚えていない罪を責められる存在、ワーグナーは、そうした人間の本質的な在り方をよくわかっていたのではないでしょうか。

「忘れ薬」とは、転生に際して過去世で経験したことを忘れてしまうこと。しかし、その感情だけは残っているため、今生で初めて出会った人たちに対して、もし過去世でトラブルがあれば、今生でもそのトラブルの続きを繰り返してしまいます。

その最たるものが「家族」です。人間が転生して親子、兄弟姉妹など家族になるのは、よくも悪くも過去世における因縁が原因になっています。もし今生で家族とのトラブルがあるとしたら、過去世で起きたことが原因になっているに違いありません。

過去世で何があったかは、霊能者でもなければ思い出しようがありません。人は自分のことが一番よくわからないのですから、霊能者だって過去世の自分の経験を思い出すことは困難を伴うでしょう。

しかし、今生における人間関係、家族関係のトラブルから抜け出すには、過去で自分が何をしたかを思い出す必要があるのです。これができなければ、今生のトラブルはすべて「なぜ自分がこんな目にあうのかわからない」「不条理」な現象になってしまうでしょう。

私がアニカを作ったのは、この「不条理」を押しつけられる人間の在り方に納得がいかないからだと思うのです。

私は「しょうがない」という言葉が嫌いです。人間が自分の意志で何とかできないことがあるのが頑固に許せないのです。大人だったら「しょうがない」とあきらめるであろうことが、どうしてもあきらめきれないのです。

昨日、それがもしかしたら私の長所なのかもしれない、と思いました。なぜなら、アニカという方法があれば、その「しょうがない」としか言いようのない、過去世に原因がある(つまり普通の人には決して原因がわからない)人間関係や家族間のトラブルを何とかできる可能性があるからです。

「可能性がある」とは、ずいぶん消極的な言い方ですが、今、処理中の私のチベット過去世が癒しを拒んでいる状態では、あまり景気のいいことは言えません。

この過去世は、いろいろあって何もかもが嫌になってしまったようです。しかしそれは、彼が「過去に自分がやったこと」を忘れてしまったからでしょう。(あるいは、この人は人格障害のようなところがあったので、自分の行動によって人が嫌な思いをすることに気づけなかったのかもしれません)。

今生においてさえ、被害者側の経験はいつまでも覚えているのに、加害者側の経験は都合よく忘れてしまう(あるいはもともと自分が加害者であることに気づかない)ことがあるでしょう。ましてや過去世での加害者経験を覚えていることなど、ほとんどないでしょう。

しかし、それを思い出すことが、今生のさまざまな不都合をなくし、人生を正常化するためにどうしても必要である、というのが2019年末におけるアニカの結論です。

私にとってのアニカは、やればやるほど困難に陥っていくようなところがありますが、来年こそは何とかこの困難を突破して、明るいところに出ていきたいと考えています。

勝算はあります。私はこのしつこく悲観的なチベット過去世より、さらにしつこくねちっこくいやらしい性格をしているからです(ふんっ!)。

チベット過去世よ、今に見ておれ!


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